独り言「白いブーツ」

 昔、70年安保闘争というのがあった。大学は正常に授業が行われず、校内をヘルメット姿の学生が闊歩していた。僕は学生運動には興味がなく図書室に入り浸って本ばかり読んだ。専門書ではなく小説を夢中になって読んでいた。

 12月に入るとあちこちでダンスパーティが開催される。大学に入ったとき懸命にダンスを習った。そんなパーティで一人の女性と知り合った。彼女はダンスが上手で僕は彼女にリードされながらダンスを楽しんだ。彼女とダンスするのが楽しみになった。僕たちは急速に近付いたが、別れるのも早かった。僕は彼女の気持ちに寄り添うことができなかった。

 別れてから彼女が田舎へ帰ることを友達伝えできいた。上野発の夜行列車で、日にちと列車の発車時刻をおしえてもらった。その日、大学では団交と称して学生側と大学側とが交渉していて、実際は理事長のつるし上げ集会が地下講堂で行われていた。図書室から出て来た僕は面白半分に野次馬気分で見ていた。「ハッ」として時計を見た。発車時刻が迫ってる。急いで山手線の駅に向かった。しかし、どう考えても間に合いそうもない。そこで、タクシーを拾って首都高速をぶっ飛ばしてもらった。上野駅には発車時刻の数分前に到着。お土産など買う時間はない。タクシーから飛び出し、突っ走って駅構内に入り、駅員につかみかかるようにして目指す列車の停車ホームを尋ねた。そうして目指すホームに駆け込んだ。

 彼女は中程の車両のドア横にうつむき加減に立っていた。僕を見つけるといつもの優しい笑顔に変わった。僕が来るのを待っていた。僕は駅構内を懸命に走ったので肩で息をはーはー弾ませ言葉が出ない。彼女の最初の言葉は「わざわざ来なくても良かったのに…」心にもないことを言う「遅くなってごめん」やっと言葉がでた。

 間もなく列車は動き出した。彼女はこのあと夜行列車の座席でどんな思いでいたのだろう。あのときはそこまで思いをはせることができなかった。いまごろ彼女の幸せを望んでる。僕はホームから列車を目で追った。列車の最後尾は展望車で左右の赤いテールランプが糸を引くように暗闇に消えていった。ドア横に立っていた彼女が履いてたのは真新しい白いブーツ。

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