短編小説「明治生まれの叔母」

 叔母は貧しい家の兄弟姉妹10人の長女であった。小学校に入って間もなくお金持ちの家の子守りをさせられた。それで学校へ行かせてもらえなかったので平仮名しか読めない。それは当たり前の時代であった。兄弟の四男は口減らしのため養子に出された。それも普通のことである。私の母は9番目の五女で大正生まれ、末っ子の五男が辛うじて昭和生まれであった。
 さて、そういう私は戦後の昭和生まれということになる。叔母は好奇心の強い人で振り仮名のある新聞や本をよく読んでいた。そうであるので話し好きで話題も多く、私を飽きさせないし、いろいろなことを私にきいてくる。あるとき叔母は不意に、亡くなった夫のことを話しだした。夫は胃を患い高い医療費を払ったが結局亡くなったとのことである。叔母の観察眼は鋭く「今にして思えば『胃癌』だったと思うわ。それで蓄えはすっかり無くなり、夫の死後大変だったのよ」とさらりと言った。子供のころから自分の境涯を嘆くこともなく全てを受け入れてきた芯の強さが感じられた。そして叔母は生前の夫に「チンムルイの顔」と言われたんだけど意味わかると私にきいてきた。叔母の耳学問の限界かも知れない。しかしながら私にも何のことかわからなかった。
 そんな叔母は長生きをして平成12年12月31日の夜に亡くなった。明治、大正、昭和、平成と生きたわけである。平成12年は西暦2000年で20世紀最後の年。叔母は21世紀の直前まで生きたことになる。
 それから数年が経って私は何かの本を読んでいて発見した。
「珍無類」
 このことだ。しかし、ほめ言葉とはどうみても思えない。これは知らなくて良かったようです。叔母の顔を思い浮かべてニヤリと笑った。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA