短編小説「明治生まれの叔母2」

 叔母が実家にいたときのことである。実家は東京から南西120kmの田舎にある。昭和から平成に年号が代わったばかりのころだった思う。叔母は近所に新しい小学校が出来たと言った。聞けば実家から歩いて5分ぐらいのところにある。叔母が1〜2年ほど通った小学校は歩いて40分はかかる遠いところにあった。この小学校が開校する前、近所の人を集めて見学会が開催されたので叔母は見に行ってきたと話した。好奇心の強い人である。
 叔母はそのあと「この間、強い地震があったでしょ」と言う。私は思い出そうと頭をめぐらせたが見当がつかない。「わたしが川で洗濯をしてたら急に川が盛り上がって洗濯物をみんな流されてしまったのよ」と言う。さも驚いた風であった。

 阪神・淡路大震災は平成7年1月17日であるし、東日本大震災は平成23年3月11日である。平成元年の頃は、私も、おおかたの日本人も地震に対する恐怖心など薄れていた。天災は忘れた頃にやってくるとは言い得て妙である。
 叔母の話しはまだ続いていて「本所」と言う地名が耳に飛び込んで来た。これでピンときた。関東大震災のことである。関東大震災は大正12年9月1日である。叔母の「この間」は66年前のことであった。大正12年のころの叔母は東京の本所というところに住んでいたようである。たまたま実家に帰っていて本所で被災することをまぬがれた。地震にあって陸軍本所被服廠跡地に避難した人々が火災旋風に巻き込まれたというのは本当に悲惨であった。
 人の一生は不思議なものである。この天災を偶然にも回避した叔母は90歳を越えて長生きしたのである。

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