小説「仏教のながれ2」その14

 若い僧は学んだばかりの一念三千についてこのように言われ返答に窮して黙ってしまった。彼は大日経を学んでいなかったのである。

 空海は内心ほくそ笑んだ。天台大師の一念三千の法門はかねて最澄から借りた経典で読み知っていたからである。こうして空海の有り余る才能は暴走しはじめ、巧みに一念三千の法門を盗み自宗の教義に取り込んだのでございます。しかも、空海は自身が書きあらわした十住心論で堂々とこの盗んだ法門を展開いたしました。

 恐るべき才能の持ち主というべきではありますが、法を盗むということはお釈迦様の教えにそむくことになるのでございます。このことをお釈迦様はどのように観ておられたことでありましょう。多少の才能があろうとも、所詮、お釈迦様の手のひらの内のことでございます。

 空海の晩年は、得意の医術も薬学の知識も役に立たず病に苦しみ、「悪瘡体に起って吉相根せず」と朝廷への手紙に書いています。すなわち、体中にたちの悪いはれものができて良くならないと嘆いています。法を盗んだ者とはこのようなものでございましょう。(続く)

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