小説「仏教のながれ3」その2

 意識は、法境(記憶、思考などの内的な対象)に縁して物事を判断し、推量する心の働き、及びその結果生じた識です。小乗教ではこの意識を心の働きの本体と捉えるので、意識にある煩悩を断じ尽くす究極は灰身滅智につながったものと思われます。

 第七識→末那識は思量と漢訳され、思い量るという意味です。この識は意識の奥で絶えず活動しつづけ、強く深く自我に執着する心の作用をいいます。心理学でいう無意識というところでありましょう。

 第八識→阿頼耶識は前の末那識の根底・基盤となる深層の心をいいます。

 第九識→天台教学では第八識の奥底に究極的実在として根本浄識を立てて阿摩羅識としています。

 ここまで一気に九識を説明させていただきましたが、第八識と第九識は何のことか理解出来なかったことと思います。

 まず、第八識を説明いたします。ここで、田坂広志著「運気を磨く」光文社新書を参考にして書き進めて参りたいと思います。

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