小説「仏教のながれ2」その20

 ここで、鳩摩羅什(くまらじゅう)が漢訳した「妙法蓮華経(略して法華経)」について少々述べさせていただきます。言うまでもなく法華経は二十八品から成り立っております。「品」とは現代では「章」のことで要するに法華経は28章で構成されています。以降、鳩摩羅什が漢訳した法華経を引用する場合は「妙法蓮華経」と書かせていただきます。

 妙法蓮華経序品第一において、冒頭に「如是我聞」とあります。すでにご承知の通り「是くの如く我聞きき」、すなわち「このように我は聞きました」ということでございます。

 妙法蓮華経方便品第二において、冒頭に「その時にお釈迦様は思索からゆったりと厳かに起って舎利弗に告(つ)げられました」と深い思索のあとはじめて口を開かれました。

 これは驚くべきすごいことでございます。今までお釈迦様は人々に寄り添い質問に答えて説いてきましたが、今回は誰びともお釈迦様に質問しないのに自ら説き始めたのでございます。これを「無問自説」と称します。なお、舎利弗(しゃりほつ)はお釈迦様の十大弟子の一人でございます。(続く)

小説「仏教のながれ2」その19

 真言密教は、大日経、金剛頂経のお釈迦様の経文ではありますが、お釈迦様の成道から42年間に説いた教えであり、お釈迦様が説いている未だ真実をあらわしていない仮りの教えでありますから成仏する道理はありません。道理に合わなければ現実の生活が良くなるはずもありません。

 また、現在は新たな手法として洗脳の技術もあります。そこにはお釈迦様の経文など必要なく、道理も必要なく、社会から隔離して情報を遮断することにより簡単に洗脳状態にすることが可能であります。教団施設などの閉鎖施設に閉じ込め社会と隔絶させるような宗教、スピリチュアルなどは危険そのものと断じざるを得ません。

 平成に入って間もないころ、自己申告で空中浮揚し最終解脱者だという教祖が現れ、人を拉致して殺し、地下鉄でサリンを撒き散らし多くの被害者を出した歴史的事件もありました。

 お釈迦様がこのような状況を観られたならば「たぶらかされないように。だまされないように」とご心配されるのではないかと推測いたします。(続く)

小説「仏教のながれ2」その18

 ここに新興宗教のいかがわしさが現れています。「わたしは秘密の教えを伝授された」とか「わたしは密教の奥義を体得した」と自己申告し、その内容を問われても秘密の教えであるとするので検証の余地がありません。こうして一通りの加持祈祷の儀式を行うことにより偉いお坊さまとしてお布施をいただきお金儲けをするのです。

 これはこの時代だけのことではありません。日本の戦後もたくさんの新興宗教が現れては消えて行きました。お釈迦様の経文の裏付けがなく、ある日、突然、悟りを得たという自己申告による仏教の教祖も多く出ました。人の弱みにつけ込む自己申告者の教祖には最大の注意が必要であります。また、スピリチュアルなどの霊能者も自己申告であり、これを信じるなど本当は恐ろしいことであります。

 信者に寄付させてお金を巻きあげ、信者を破産に追い込んだ教会団体がありました。これらのトラブルから手製の銃で元首相を銃撃して死亡させるという痛ましい事件が起きました。

 お釈迦様は涅槃経に「法に依って人に依らざれ」と説かれました。意味するところは、法を根拠にすべきであって人の言に依(よ)ってはならないということでございます。つまり、法のごとくでないならば、親切な人、偉い人、教祖であっても信用してはならないと説かれています。(続く)