小説「仏教のながれ2」その11

 雲からは、「おぼろ雲は雨の前ぶれ」、「山に笠雲がかかると雨や風」、「上り雲(北に向かう雲)は雨」、「朝焼けは雨」などです。

 このようなことを空海は書物を読み全て覚えていて、山の上の雲や肌感覚で空気の湿度を感じ取ったりしています。

 翌日、雲が少し速く北へと流れるので典型的な「上り雲」となり、空海は弟子を伴って村に入りました。村の田圃は水が干上がっています。空海は村の長(おさ)に頼まれて雨乞いの祈祷をすることになりました。空海は、密教法具である金剛盤に金剛杵と金剛鈴を前にして仰々しく得意の祈祷を始めました。空海が呪文を唱え弟子たちが唱和し、時々金剛鈴が鳴らされます。

 半刻ほどしてぽつりぽつりと日照り続きの田圃に雨がもたらされてきました。村人たちは歓喜の声を発し、御上人様という声が響き渡りました。(続く)

小説「仏教のながれ2」その10

 空海が飲ませた薬は唐から持ってきた薬で、薬など飲んだことのない村人ですから即座に効果があったものと思われます。こうして、村人はもちろん近隣の村々にも空海上人のことが知れ渡りました。空海伝説の始まりです。

 空海は唐から持ち帰った書物の医術と薬草の知識をまるごと記憶して居りましたので、旅の道すがら薬草を摘んでは次の病気平癒(へいゆ)の準備もして歩きました。

 また、雨乞いの祈祷をお願いされることもよくありました。空海は目指す村へ入る前に例によって弟子たちに村の様子を調べさせました。その村の問題が日照りである場合、直ぐに村へは入らず「観天望気(かんてんぼうき)」の知見に従いました。観天望気とは、自然の現象や生物の行動の様子などから天気の変化を予測することです。

例えば、生物からは、「ハチが低く飛ぶと雷雨」、「カエルが鳴くと雨」などです。(続く)

小説「仏教のながれ2」その9

 空海は病人を前にして村人たちが見守る中、密教法具である金剛盤に金剛杵と金剛鈴を前にして仰々しく得意の祈祷を始めました。村人たちは驚きました。見たこともない祈祷の密教法具を持ち呪文を唱え、時々金剛鈴の澄んだ音が聴こえてくるのです。

 半刻ほどして呪文が終わりました。空海は村人に水を持ってくるよう言いました。そうして、金剛盤に置いた紙包みを取り上げて村人に言いました。「いま、病人の快癒をねんごろにご祈祷申し上げました。ここにあるのは真言密教で用いる秘伝の薬でござる。病人たちに飲ませれば、たちまち病は癒えまするのでご安心くだされ」と言って、一人ひとりに薬を飲ませました。

 そうするとどうでしょう。飲んだところから病人は、意識が戻る者、起き上がる者が二人、三人と続々と出始めました。村人たちは再び驚き「御上人様(おしょうにんさま)」と口々に叫び、手を合わせて空海を拝むのでした。(続く)