独り言「味に驚いた」

 人参は私が子供の頃から嫌いです。妻には子供みたいと笑われています。体のためにと我慢して少しだけ食べます。
 昨日、自然食品の店で無農薬、無化学肥料の人参を買ってきました。その人参は泥がついていて小さく貧相で葉っぱだけが立派に付いていました。値段だけは近所のスーパーの5倍です。
 今朝、この人参を妻は葉っぱも一緒に味噌汁の中へ入れました。嫌いな人参を私は箸で摘み上げ口に放り込んだところ「あれ、人参が甘い!いつもの嫌いな味がしない。葉っぱも美味しい」
 人参は自然食品の店のものに限りますな。おあとがよろしいようで。

短編小説「ヘリポート」

 妄想癖のある72歳の僕にも夢がある。もちろん十代や二十代の若者みたいな将来に向けた大きな夢ではない。都会の真ん中の家の庭にヘリポートを作りたいのである。ヘリポートは20m×20mのスペースがあれば誰でも作れるようである。確保したスペースに丸にHのヘリポート記号を設ける。
 僕は気軽にヘリコプターに乗って都会を見おろしたり、移動したりする。もちろん誰にでも利用してもらいたい。ドクターヘリに利用されたら嬉しくなる。ドクターヘリで思い出したが映画「ジェネラル・ルージュの凱旋」の病院にヘリポートを作るシーンがあった。有効活用されたらいいな。でも都会の真ん中ではご近所から騒音で文句を言われそうだ。
 夢と妄想の境界にいる僕は住んでいるマンションの窓からぼんやりと青空を眺めていた。

短編小説「雨の日のお留守番」

 その日は朝から雨であった。僕が5歳の頃のことだったと思う。午後、母が出かけて一人でお留守番。平屋であるので強い雨になると天井から雨の屋根に当たる音がする。玄関の引き違い戸には、それぞれ6枚の硝子が嵌められていて四枚が曇り硝子で上段の二枚が透明硝子となっている。六畳の部屋の反対側が家の裏で同じく引き違いの硝子戸となっている。その上段、透明硝子を透して曇色の空が見える。雨が強いときは空から雨粒が線のように降ってくる。
 一人ぼっちでも寂しくない。だって天井からは屋根を叩いている音が聞こえるし、硝子戸に近付けばピチャピチャと雨だれの音が聞こえる。一定のリズムが音楽鑑賞のように楽しませてくれる。一人遊びでミシンに近付いた。足踏み式のミシンで、僕は足踏みのところに潜り込んだ。足踏み板は前後に動いて安定しないが、そこにすっぽりと身体全体を入れた。閉ざされた空間がなぜか楽しい。小さなテリトリーを確保したような気分である。それからベーゴマやメンコを持ってきて一人悦に入っていた。文字はまだ読めないのでメンコは模様を楽しみ、ベーゴマはデコボコした模様が面白い。
 小一時間ほどして飽きて来た。玄関に行き母が帰って来ないかと耳を澄ます。ピチャンピチャンという一定のリズムが聞こえてくるだけであった。お母さん早く帰って来ないかなあ。そうして母が帰って来た時、この上なく嬉しかった。